エルデネト鉱業(通称:エルデネト工場)はモンゴル最大企業で、国家歳入への貢献からかつて乳がよく出る乳牛にも例えられることもあった。しかし、その反面、国営企業という致命的な弱みがある。経営陣の任命など、政治が容易に関与してしまうから、同工場に関して「政治と金」を巡る不祥事が後絶たない。なんと言っても、そこには巨額な金が回っているからだ。現在、エルデネト鉱業が瀕している死活に関わる問題は2件ある。一つは債務問題。もう一つは権益売却問題である。今回、権益売却問題を取り上げて、整理しておきたいと思う。

そもそもエルデネト鉱業とは1978年にモンゴル政府とソビエト政府が共同出資で創設させた合弁会社で、モンゴル側は51%の権益、ソビエト側は49%を所有するとの形を取っていた。ソ連の継承国であるロシア連邦は、ソビエト側に代わって所有権を行使。

今回の権益売却問題は、ロシア側の持ち分株式に関わる取引が正当なのか、という点である。ロシアは2016年、クリミア危機による欧米の対ロ制裁の影響で海外資産を大幅に減らしており、同工場の権益売却も検討されていたという。

2016年6月28日の総選挙前日。突如、モンゴル人民革命党幹部らは、テレビなどでエルデネト鉱業の株式が売却されたとの定かではない情報を流した。その後、チメド・サイハンビレグ首相が「国民へ良きお知らせがある。本日から、エルデネト鉱業はモンゴルのモノに100%なった。同工場の利益はすべて国内に留まることとなった」と急きょ声明を出した。詳細について一切触れておらず、ただ所有権の移転があった事実だけを認めた。実は、権益を取得したのは、モンゴル政府ではなく、モンゴリアン・カッパー・コーポレーション社というペッパー・カンパニーであった。その黒幕は貿易開発銀行だったこともその後、明らかになった。

総選挙で、サイハンビレグ首相が所属する与党・民主党が大敗北を喫し、新たに組織された人民党政権もエルデネト鉱業権益49%取得問題でその合法性を巡ってモンゴリアン・カッパー・コーポレーション社との対立が鮮明になった。

政府側は、当該売却は政府間協定及び憲法に抵触するとの観点から違法性を主張。一方で、モンゴリアン・カッパー社はサイハンビレグ政権が了承したと、合法性を主張。相容れず、両者が正面から食い違う主張で対立した。

国会は2017年、この問題対処を巡る第23号決議を採択し、権益取得を不正と看做し政府側が交渉により収めるべきとの判断を下した。憲法裁も、第23号決議に対して妥当性を認めた。憲法裁の判断を踏まえ、政府は2018年1月4日、臨時閣議でエルデネト鉱業の再国有化を決定した。ただし、モンゴリアン・カッパー社は、行政不服申立で政府を相手取りに行政訴訟を起こした。3審とも、政府が敗訴した。

この問題は大きく動き出したのは、先月27日のことだ。フレルスフ内閣は、それまで機密扱いされた当該権益を議題とした2016年6月9日付のサイハンビレグ内閣閣議議事録の公開を決定したからである。ロブサンナムサライ・オユンエルデネ内閣官房長官は閣議後の記者会見で、機密扱いについて「法的な根拠はない」と解説していた。その後、政府は4日、議事録を公にするとともに、モンゴリアン・カッパー・コーポレーション社がどう購入資金を調達できたかについて全貌を明らかにした。機密から解除された文書では、ドンドグドルジ・エルデネバト産業相による「政府が財源上の余裕がないから、その代わりにモンゴリアン・カッパー社へ取得権限を譲渡したい」との説明や閣僚会議にモンゴリアン・カッパー・コーポレーション社代表のほかに貿易開発銀行からも幹部が出席して質問応答している様子も明らかになった。その後、政府は今月6日、新たな実力行使措置に踏み切った。同工場に対して立入制限措置を敷くことである。内閣へ権限供与に関する法律に基づき、政府は立入制限措置の設置を閣議決定したからだ。従って、内閣官房長官は同措置の施行に当たった。同工場役員(全員がモンゴリアン・カッパー・コーポレーション社から任命された)8人を解雇処分とし、その実務室の閉鎖に及んだ。

一方、捜査機関も動き出し、5日にモンゴリアン・カッパーの社長プレブスレン氏、貿易開発銀行会頭オルホン氏、会長エルデネビレグ氏らを拘束し事情聴取を行った。また、当局は首都検察局に対して容疑者らの拘留を要請したが、「必要ない」との判断ですべてが釈放された。オユンエルデネ官房長官は判事を名指して「不正の擁護者」と批判。さらに「司法における腐敗と組織ぐるみの温床化を暴いた」と司法の人事刷新を訴えた。

この事件については、断片的な情報や憶測が錯綜し、報道は迷走を続ける中、モンゴリアン・カッパー・コーポレーション社は政府へ示談申入れした。政府も公式な見解をまだ出していない。おそらく同社が関わった資金洗浄の疑いなどに対する捜査機関の結果を見てから、との方針だろう。